在シドニーのナチュロパス、前田アンヌのブログ です


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ナチュロパシーのルーツ(1)

以前に「自然療法士ナチュロパスとは?」のなかで書いたように、20世紀の初めにナチュロパスの養成校をNYで開き、ナチュロパシーという言葉をアメリカで定着させたのはドイツ人ベネディクト・ルストである。

では、彼がアメリカに渡ってナチュロパシーを広めるに至った背景、つまり19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパ特にルストの生まれ故郷ドイツ近辺では何が起こっていたのか?

実は、自然主義ムーヴメントが西ヨーロッパで大流行していた頃だったのだ。

これに先駆けて18世紀から、モダンプリミティヴズ、ワンダーフォーゲル(独:Wandervogel、日本の山岳部、ワンゲルの語源になりました)、ボヘミアニズム、ヴァガヴォンドなど自然主義から派生したサブカルチャーがすでにいくつも生まれており、素地はしっかりと出来上がっていた。

これらを含む自然主義の根底に共通するのは何か?

全てがオーソドックスとは対局にある、ということである。

当時のオーソドックスとは、キリスト教ベースの政府(しかも戦争に走りがちな)や社会、価値観、きまり、習慣、伝統もろもろである。
本来の自然な人間性よりも、この社会全体を動かしていくのに都合がいいように、社会が人に押し付ける価値観の方が大事にされる。

ああこんな社会からすぱっと抜けて自然にかえりたい、と思う人々が増えるのも無理もない。

さて、ドイツにはこんな考え方をする人も、その考えを実行に移す人も、他のヨーロッパ人たちに比べて断然多かった。
これがなぜかというと、話を古代ドイツに遡らなくてはならない。

古代のドイツ(インドジャーマン)はラテン文化への服従が他のヨーロッパの国々よりも遅かったのだが、これは結果的に後のペイガニズム(キリスト教に対する異教徒という意味)に繋がっていったという歴史がある。

インドジャーマンの人々にとっての宗教とは、自然や地球の持つ美しさ、恐ろしさ、恐れ、不思議などのすべてを合わせたものであった。
自然な人間とは美徳と悪を併せ持つもの、それに男も女も違いは無い。
あるがままの人間自体を賞賛し、自然を愛し感謝する。
子宮を持ち子供を創造することの出来る女性の能力は、特に賛美の対象となった。

さて、このような考えは当然のことながらキリスト教とは折り合いが悪く、その後異教徒(ペイガン)呼ばわりされ弾圧を受けるようになるが、死に絶えることは無かった。

これはマイスター・エックハルト(Meister Eckhart,およそ1260年 - 1328年)という中世ドイツのキリスト教神学者/神秘主義者の記述によっても伺える。
彼によると、神秘主義の発達はローマ正教に対する反発精神を持つTeutonic Indo-Europeanの反乱を表しているという。

反発精神の旺盛な土台はここにあったのだ。
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by naturopathic_view | 2008-08-10 11:36 | ナチュロパシーのルーツを探る