在シドニーのナチュロパス、前田アンヌのブログ です


by naturopathic_view

<   2012年 06月 ( 1 )   > この月の画像一覧

「ホリスティック」という言葉は、90年代以降日本でもよく使われるようになったと思う。

語源の英語Wholeは、全体の・まるごとの、あるいは完全である様をさす。
頭のWを取り除いたHolism/ホリズムは、全体論的哲学/全体観を意味する名詞。
その形容詞がHolistic/ホリスティックである。

ホリスティックであるということは、全体観をベースとした考えのもとにあるということだ。
簡単にいえば、個々の総和が単純に全体となるわけではない、というセオリー。
だから本来の姿を知るためには、それを形作る要素を多角的にとらえ相互関係とバランスに注目する。

いろいろな意味で使われる言葉だけれど、オーストラリアではナチュロパシーをはじめ現代自然療法はホリスティック・メディスンの考えを土台にしている。

ところで、言葉の頻在化に反しナチュロパシーのセミナーで最も多い質問は
「ホリスティックっていったいどういう意味なのでしょうか?」

ポピュラーな割には理解されていないのかと思えど、そういう自分も学生時代はなんのことだかよくわかっていなかったのだ。

「ナチュラルとどう違うのでしょうか?
ナチュロパシーってホリスティックとナチュラルが一緒になったものなんですか?」
という素朴で正直な質問も多い。

このふたつは重なり合うところが大変多いけれども、同じではない。
ナチュラル/自然であることは、人の手が加えられていない個々の有り様なのに反し、ホリズムは観念/理論である。

ホリスティック性とは関係のない自然療法は、例えば宗教的文化的見地からすれば、たくさんあるのだ。

ホリスティック・メディスンでは、個人の性質・気質における自然な有り様に沿い、さらに文化・民族・環境・宗教・信条/信念・世代などの要因も考慮しながら個人全体に何が起きているのか・何が影響し合っているのか根本を探ってゆく。
その上で、個人の自然治癒力を生かした治療を行う。

様々な要因が、関連し影響し合うなかで個人が成り立つという考えだから、すべての要素が大切とされる。

また、ホリスティックであるということは、対象となる個人の明暗や形をあるがままに受け入れてゆくことでもある。

さて、私自身が「ホリズム」について考え始めたきっかけは、自然療法の大学に入学するさい求められた「あなたにとってのホリズムとは何か」というタイトルで2000字程度にまとめよという課題であった。

まずは参考文献から定義を探りリサーチをし、どうやら書き上げたものの、実は何のことだかまったくわかっていなかった!

この課題は、自分にとっての、という個人的経験値がポイントだった。
文献を読むより自分を掘り下げることが必要だったのだ。
どちらにせよ答えに関わりなく、問いかけること自体に意味を持つ。

自分という全体は何から出来上がっているのだろう?
身体、心、精神、感情、信念や哲学、魂、家族や親戚、産まれ育ったところ、自分の方言、世代、人間関係、教育、経験の数々、一人の人間を形作る要素は数知れない。
不必要はなにもなく、すべて大切な全体の一部なのだ。

つながり合い、影響しあい、同じ星を構成し生きている。
不完全でも全体として完璧な、人間ておかしな生き物だ。
[PR]
by naturopathic_view | 2012-06-25 12:11 | クリニック