在シドニーのナチュロパス、前田アンヌのブログ です


by naturopathic_view

良い仕事人でありたいの巻

先日、オーストラリアの大学付属のクリニックで学生ナチュロパスの問診を受けて、散々な経験をされたという方のコメントを頂いたので、この話の流れでちょっと投稿をしてみたい。

大学付属の臨床クリニックの学生ナチュロパスに共通しているのは、経験がないからプロとしての自信がまだ育っていない、ということだろう。
テキスト通りのプロトコルをまず試そうとするし、クライアントの扱いも不慣れである。
前にも触れたと思うが、養成校での4年間は私生活がほとんどないし、学費などの経済的な負担と勉強のストレスで、クリニックの生徒のほとんどは精神的身体的慢性飽和状態だ。

こういうディスアドヴァンテージは低料金とスーパーヴァイザーがカバーし、なるべく良い経験を積めるよう学生を指導する。
よって、スーパーヴァイザーの善し悪しはものすごく大きい。
たまに、上記のような残念なケースが起こることもあるが、そんなときはスーパーヴァイザーに直接交渉をするのがベストであると思う。

自分に合うセラピストを見つける、というのは非常に難しいものだ。
これは、いい医者や歯医者を探すことからヘアスタイリストやエステティックサロンに至るまで、言えることである。

選んだセラピストが家の近所で、プロとして信頼ができ腕が良く良心的な値段設定をしており、しかもお互いに気が合う、これなら何の問題もない。
でも、こういう仕事人って、探さないとなかなか出会えないのが現実ではないか?

ある特定の仕事につく限り、皆それぞれ一定の基準を超えるトレーニングを受けているわけで、スタンダードそのものにはほぼ問題はないはずだ。

それでも実際に仕事人として職場に出た時、違いは出る。
ナチュロパスとて例外ではない。

いいナチュロパス、そうでもないナチュロパスを最終的に決定するのは、本人自身の人生と仕事に対する姿勢に他ならないのだ。

たくさんの臨床経験を積むことは結果を出すためには重要であるが、人と信頼関係を築けるかどうかは本人の人と向き合う能力いかんであろう。
これは語学能力の問題でもない。

一般的な向き不向きというのは若干あるかもしれない。
自分自身が精神的にハイメンテナンスなタイプはこの仕事には向いていない。
自分を癒すのに忙しいのに、他人の治療まで手が回るわけがないからだ。

さて、私自身、自分が良いセラピストかどうかはわからない。
評価はクライアントが決めるのだ。
良く出る時もあれば悪く出る時もある。

改善率の高さも、必ずしも重要とは限らない。
クライアントは、どれだけ自分がケアされているかを見る。
そのナチュロパスにどれだけ知識があるかを試しにくるのではない。

自分が人としてのモラルと倫理に基づいて、ナチュロパシーを通じ社会と人々に貢献していきたいという、はっきりとした意思があって初めてこの仕事ができる。
ナチュロパスは人そのものを扱い、病気を扱わない。
これは開業するようになって、やっとその意味が分かるようになった。

4年間死ぬほど勉強して、やっとの思いでディプロマを得ても、卒業から5年後にナチュロパスとして独立開業し生計を立てることが出来るのは、卒業生全員のうちたったの5%だ。

この仕事は卒業してから、すべてが始まる。
しかも美しい仕事では、ぜんぜんない。
思えば学生のころの自分は甘かった、、、。
あの先生の授業は良いとかひどいとか、文句を言っていれば良かったのだ。

今は文句が言えない代わりに、初診の問診前に私はいつも神様にお祈りをする。
自分の最前が尽くせますように、良いコンサルテイションになりますようにと。
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by naturopathic_view | 2008-09-05 22:32 | クリニック