在シドニーのナチュロパス、前田アンヌのブログ です


by naturopathic_view

自分の不健康時代についてちょっとだけ話そう

普段極力避けている自分の不健康ネタだけれども、今回すこしだけ書いてみたいと思います。

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私は、自分の身体を客観的によく知っている。

仕事柄、と言われればそれはそうなのだけれど、一夜にしてそうなったわけではなく、過去20年程の、おとなになってから体験したいろいろな疾患を経て知るようになったのだ。

自分にとって、おとなになることはダークな味を覚えることだった。
本来体質的にはアルコールはまったく受け付けないし、タバコもアレルギーがあるのだけれど、おとなになりたての「子おとな」にそんなことはいっさい通用しない。

25歳までハイライトを一日一個きれいに空にするヘビースモーカーだったし、アルコール分解酵素を持っていない割にはワインを一夜にして2瓶空けるお酒好きでもあった。

昼より夜が元気で、日が暮れると体力も精神力もアップするような気がしていた。
(後にそれは気のせいだったと気がついた)

人間関係もドロドロ、その中の自分はドラマクイーンであり、腹黒くもあった。

精神的なストレス量も含め、身体がこれ以上通常の状態を保てない場合、身体に症状がでることが多い。
26歳頃の自分の場合、ひどいアレルギーや、神経系の疾患になって出た。

さらに何年かし、ある日腰から肩甲骨に向かって激痛が走り、息ができなくなったと思ったら膵臓炎になっていた。
膵臓炎にかかったことのある人は知っていると思うけど、卒倒する程内蔵が痛くなる。
意識を失う直前に、うわ、これはひどい終わりだ、と思った。

ちなみに自分の入院は家族も含め誰も知らず、起きた時に友達は一人もいなかった。
自分の味方をしてくれる人と、ちゃんと人間関係を結んでいないツケが来たのだ。

幸い死にはしなかったものの、肝機能は恐ろしいほど低下し、全身の皮膚は黄色を通り越してネズミ色に変色した。

ここまで来ると、厚化粧で隠そうがグッチやプラダの服で着飾ろうがもはや手遅れ。

しかも中身腹黒く外見ネズミ色ではダークすぎる。

こんなになってまで自分がすがっているものはなんだったのだろう?
それでも、それは自分が大切だと信じていたもの、楽しく、くつろげ、愛されていると思っていたものに囲まれていたのに。

それなりに好きなことして生きていたのに、どこからおかしくなったのだろう?
でも今の生活を捨てることはできない。
だってそれが私の幸せなんだから。

しかし、自分の身体が出した答えは明確な「NO」である。

自然が出す答えは常にシンプル/SIMPLEだ。
でも、それはけして楽/EASYではない。

答えはいつだって自分の目の前にある。

でも私はその答えが好きではなかったのだ。
だから他のオプションを求めてその後何年もあちこち探しまわった。

渋谷ロフトで落としたコンタクトレンズを、船橋ララポートへ探しにいくように超無意味。

小さい時に両親から「人の嫌がることをしてはいけません」と言われた人は多いと思うけど、「自分が本当に嫌がることをしてもいけない」のだ。

そして何が自分の「本当」なのか、その答えは常に身体にある。
身体は心の入り口なのだ。
身体をよりよく知ることは心の声を聞くこと、身体の手入れをすることは心を整えること。

手入れが進んで初めて、さらに奥底の自分と向き合う準備ができてくる。

自分がどうにかせねばならん、と思った日から体力的に復活するまで約5年。
アルコールといい関係を保てるようになったのは30代に入ってから。
その後、オーストラリアでミネラル代謝異常が発覚し、過去8年は自分で症状をマネジメントしている。

自分自身、非常に要領が悪く、格好も悪く、生きるのが下手で、様々なことに機能しない、癒されるべき一人の人間である。

生きていても、あまり意味がないと考えたこともある。
後に、自分が知らないことがあまりにも多いことに気づき、人生を知ることも見ることもなく終わるより、いのちの随まで生き切ってみたいと思うようになった。

私が今こうしているのは、産んでくれた人たちと生かしてくれる人たちがいたから。

でもそれ以上に、自分が自分なりの、不健康なりの健康を追求しようと心に決めたからだ。
自分の健康の定義は人と違っていい。
誰がわかってくれなくても、自分でわかっていればそれでいい。

今日もそう思って自分にいい選択をひとつする。

たぶん明日もそうする。

あなたの明日も、そうであってほしい。
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by naturopathic_view | 2011-10-05 21:48 | クリニック